東京地方裁判所 平成4年(ヲ)2561号 決定 1992年10月28日
当事者 別紙当事者目録に記載のとおり
主文
1 買受人が代金を納付するまでの間、相手方らは
(1) 本件建物につき、その占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。
(2) 本件建物につき、自ら又は第三者を使用して行っている内装工事などの一切の工事を中止せよ。
(3) 本件建物につき、内装工事などの一切の工事を自ら行い、又は第三者をして行わせてはならない。
(4) 本決定送達後一〇日以内に、本件建物内にある工事用資材を撤去せよ。
(5) 本件建物内に工事用資材その他一切の物を搬入してはならない。
2 執行官は、本件建物につき、相手方らが第1項(1)から(5)までの命令を受けていることを公示しなければならない。
理由
1当事者の地位等
申立人は、本件建物についての抵当権者であり(平成四年一月二九日付けで登記されている)、その実行としての競売を平成四年五月二七日に申し立てた差押債権者である。競売開始決定及び差押登記は翌二八日付けでなされた。
相手方桃源社は、競売事件の債務者兼所有者である。
相手方アーバンビームスは、不動産業等を目的とする会社である。
(以上の事実は、記録中の資料によって明らかである。)
2申立の内容
相手方らは執行妨害を目的として、差押後、本件建物につき、貸主を桃源社、借主をアーバンビームスとする賃貸借契約書を作成のうえ、平成四年九月末日ころから本件建物の内装工事を開始し、第三者に占有させようとしている。
申立人はこのように主張し、相手方らのこのような行為は「不動産の価格を著しく減少する行為」(民事執行法五五条一項)に当たると主張して、主文に記載のとおりの決定を求めた。
3申立を認めた理由
当裁判所が本件申立を認めた理由は次のとおりである。
(1) 判断の前提とした事実
資料によると、以下の事実を一応認めることができる(一部の事実は、当裁判所に顕著である)。
ア 本件建物は平成三年九月に新築されて以来、内装工事も全くなされないまま、空室の状態が続いていた。
イ ところが、差押後の平成四年九月下旬以降、本件建物で内装工事が開始された。現在、一階から五階までは資材が置かれ、六階は内装工事中である。また七階は内装工事が既に終了し、ダイヤモンド衛星放送株式会社またはダイヤモンド衛星通信株式会社(実在する会社であるか否かは不明)の従業員と称する者がいるが、何ら仕事をしている様子はない。入居の経緯、賃貸借に基づいて入居したのであればその契約内容、並びに右会社の代表者及び本店所在地等についての申立人担当者の質問に対し、この従業員はあいまいな返答しかせず、ただ、いずれは本件建物が右会社の本社になるだろうと述べた。
ウ 相手方らは、貸主を桃源社、借主をアーバンビームスとする賃貸借契約書を平成四年八月二四日付けで作成し、その記載内容の要旨は次のとおりとなっている。
期間 右契約締結日から二年
賃料 月額五〇〇万円
保証金 二〇〇〇万円
特約 転貸可
ちなみに、本件建物とほぼ同じ床面積を有する隣接ビル(桃源社所有)も賃貸されているが、その賃料は月額八九七万円、保証金は四億三七一八万円である。
エ アーバンビームスについては、信用調査機関などにも一切情報がなく、ほとんど活動実体のない会社と思われる。また、その代表者月山吉明は、かつて株式会社アーバンヨコハマという会社を設立し、その社長であったが、同社は平成三年四月一〇日に銀行取引停止処分を受けている。
オ 桃源社の専務取締役は、申立人からの問合わせに対し、本件建物の一階は簡便な飲食店として使用する旨、社長から聞いていると述べた。
カ 桃源社は、当庁に係属する別の競売事件(平成四年(ケ)第一七〇七号)においても、執行妨害を目的として、競売物件を第三者に移転しようとしていることを理由に、売却のための保全処分として占有移転禁止等を命じられた(平成四年(ヲ)第二三五八号、同第二四八一号)が、これに対して執行抗告その他一切の不服を申し立てなかった。
キ また本件建物についても、平成四年四月七日付けで、株式会社インターナショナルエクスプロイトを貸借人とする貸借権設定仮登記がなされている。この貸借権は、仮登記されていること、譲渡・転貸できる旨の特約が付けられていること、何らの占有を伴っていないこと、賃料が3.3平方メートル当たり年額一〇〇円と極端に低額であること、設定が差押の直前であることなどから、執行妨害等の正常でない目的によるものであることが明らかである。
(2) 「不動産の価格を著しく減少する行為」の存在
以上の事実によれば、相手方らは執行妨害のため、本件建物を第三者に占有させることを目的として、その内装工事を行っているものと認められる。またアーバンビームスは、桃源社の関与のもとに、執行妨害の目的でこのような行為をしているのであるから、桃源社の占有補助者と認めてよい。
そして、相手方らのこの行為を放置し、いわゆる占有屋等と呼ばれる者に本件建物の占有が移されると、買受希望者が激減することは確実であり、全く現れない可能性も高い。
したがって、相手方らの行為は「不動産の価格を著しく減少する行為」に該当する。
(3) 執行官に対して公示を命じた点について
当裁判所は、このような公示を命じることは適法で、かつ必要なものと認める。その理由は次のとおりである。
民事保全法上の仮処分については、不作為を命じる仮処分とともにその公示を執行官に命じることは、法的には必要がなく、必要のないことを命じることは許されないと解されるのが通常であろう。
つまり、民事保全法上の仮処分において、公示を命じることは通常は許されないと解されているが、それは、法的には必要のないことだからにすぎない。逆にいえば、法的な必要性が認められれば、公示を命じることも許されるのである。
本件は、民事保全法上の仮処分ではなくて、民事執行法上の保全処分である。民事執行法上の売却のための保全処分においては、第三者に対してこれを発令することができるのは、法律の認める特定の場合に限られる。したがって、競売物件の所有者に対する保全処分がなされた後に第三者がこれを占有するに至った場合、その第三者が保全処分の存在を知っていたか否かは、その第三者に対して保全処分を命じることができるか否かの判断においてきわめて重要な意味を有することになる。また、相手方らから工事を請け負ったり、工事用資材を譲り受けたりした第三者が出現した場合にも、同様のことがいえる。
よって、公示を命じる法的な必要性を認めるべきである。
(裁判官村上正敏)